女を社会の抑圧から解放するベリーダンス

左から、MAHAさん、YOSHIEさん、著者の有田帆太さんとお子さん、MILLAさん。みなさん年齢不詳です。

優雅に腰をゆらし、長い黒髪をなびかせ、アイラインで囲んだ神秘的な眼差しを観客に送る……同性から見てもドキッとしてしまうほど、官能的で美しいベリーダンサーたち。そんな彼女たちの神秘性を、絶景とともに映し出す写真集『PANORAMA DANCE 〜世界遺産・絶景パノラマ×ベリーダンス』(有田帆太・著)が発売されました。

本の発売記念イベントにおじゃまして、モデルとして登場し、世界を舞台に活躍する、日本人ダンサーのMILLAさんとYOSHIEさん、そして、おふたりの師匠であり、日本でベリーダンスが世間的に認知される前の1980年代後半にニューヨークへと渡って修行を積み、その発展に大きく貢献してきたMAHAさんの3名に、女性の生き方と密接したベリーダンスの奥深き歴史と、女性性の解放についてお伺いしました。

「ウーマンリブ」を象徴するダンスとして発展

――ベリーダンスと言うと、官能的でセクシーなダンスというイメージがありますが、元々はどこで生まれたどういう踊りなんでしょうか?

MAHA:実は、その歴史ははっきりとはわかっていません。エジプト、トルコ、レバノンなど、アラブ圏発祥の踊りと言われ、イスラム教が誕生するよりも、もっともっと古く、ユダヤ教、キリスト教、いわゆる、一神教が始まる前からあるのではないかと思います。「子宮の踊り」、「出産の踊り」とされ、ベリーダンサーは、今でも子孫繁栄のために結婚式に呼ばれているんですよ。

現在のイスラム圏に相当する場所で誕生したので、イスラム教と関係する踊りと思われがちですが、イスラム教はベリーダンスとは文化としてまったく関係がありません。中東の方向けにショーを開くこともあるんですが、お腹を隠して踊ってくださいと言われることも多いんです。私が思うに、国が文化として認めていない分、ベリーダンスは本能的で官能的で刺激的なまま、大衆の好む形で残ってきたのではないでしょうか。

――日本へ伝わったのは、いつ頃でしょうか?

MAHA:日本では、私がニューヨークでベリーダンスを習っていた1980年代後半は、ベリーダンスを知っている人すらほとんどいませんでした。当時、日本で活躍する日本人ベリーダンサーは3人ぐらいだったと思います。それが1990年代に入り、日本にトルコ料理屋さんが徐々に増え始め、そこで踊ってくださいと声がかかるようになり、ベリーダンスを目にする機会も増え、徐々に広がっていったんだと思います。

そもそもアラブ諸国の踊りが、世界に広まったきっかけは、1893年にアメリカのシカゴで開催された、コロンビア博覧会の時です。その時に官能的な踊りとされ、とても注目を集めました。一部女性からは「こんなハレンチな踊り!」と言われたんですが、ある女性解放家が「これは女性のための女性の踊りだ」ということを言い出して、みんなが「そうだ、そうだ」と賛同し、アメリカ西海岸を中心に広がっていきました。その時に、ダンサーの身体の動きやラインを強調するために、現在のブラとベルトという衣装が着られるになり、その後、それがエジプトにも逆輸入されました。

1970年代になると、アメリカでは女性が女性であることで受ける差別や社会へ意識改革を求めた、女性解放運動「ウーマンリブ」の動きが出て、それを象徴するダンスとして、独自に発展していきました。

女を社会の抑圧から解放するベリーダンス

本の発売記念イベントの様子。

ベリーダンスを踊っていると社会生活での抑圧から解き放たれる

――ベリーダンスは、女性の生き方と深く結びついているんですね。その魅力とはなんですか?

YOSHIE
:やっぱり、女性が持っている“女性性”を、格別に解放しやすいところですね。ベリーダンスは、よく誘惑的でセクシーな踊りとして見られがちなのですが、踊っている側としては全然そういうつもりで踊っていないんです。セクシーに見えるのは、見ている人がそう見ているからであって、踊っている側は自然にありのままに踊っているだけなんですね。普段社会で生活していると、みなさん抑圧されたりする場面も多いと思うんですが、踊っている時は、そういうものからすべて解き放たれると思います。

MAHA:やっぱり、いつまでも女性として花を咲かせられるところですよ。日本では普通の女性として生きると、10代後半から女の子と認められて、20代で結婚して、「お母さん」になって、すぐに女ではなくなってしまう。そんなの花が咲く時期が短すぎて、イヤですよね? 渡米中に思ったことは、欧米の年配のカップルを見ていると、旦那さんがベリーダンスをしている妻を温かく見守っていて、妻がセクシーであることを良しとしているんです。そうでなければ、逆に結婚生活が続かないのかな、と思いました。

>>【後編へ続く】ベリーダンスで「垂れない胸とおしり」が手に入る 日本屈指のダンサーが語る“セクシーな自分”の見つけ方

●MAHA(マハ) ベリーダンサー。海老原美代子、小松芳、イブラヒム・ファラー、ヨースリー・シャリフなどに学ぶ。Rakkasahに日本人初参加。2000年より毎年、上野水上音楽堂にてカンパニー公演を行う。「アルカマラーニ ダンスオリエンタルカンパニー」主宰。ベリーダンスを大規模な舞台公演として演出し、同時にベリーダンスをアングラパフォーマンスの極北として表現するパイオニア的存在。
●MILLA(ミラ) 幼少よりダンサーを志し、10代後半から20代前半はジャズダンサーとして活躍。その後ベリーダンスに出逢い、MAHA主宰アルカマラーニダンスオリエンタルカンパニーの専属インストラクターを経て、2006年に独立。「MILLA Belly Dance Studio」主宰。トライバルフュージョンベリーダンサーの先駆けとして様々なイベントや舞台・映画出演など幅広く活躍。オフィシャルHP
●YOSHIE(ヨシエ) 正統派なオリエンタルスタイルからジプシー・トライバル、即興やフュージョンまで、音と場所に触発され様々な表情を見せるベリーダンサー。MAHA、タカダアキコ、Latifa(土谷奈々江)に師事し、海外でも数々の有名ダンサーに学ぶ。アルカマラーニダンスオリエンタルカンパニーにて専属インストラクターを務めた後、2010年より、「YOSHIE Bellydance Atelier MNEMOSYNE」を主宰。

上浦未来

この記事を読んだ人は答えてね!
人が回答しています