松井久子(まつい・ひさこ)監督インタビュー

映画『何を怖れる』

>>【前編から続く】フェミニズムは「ブス女のヒステリー」ではない―男も女も誤解している、フェミ運動の本当の姿

日本は男女間格差が142ヵ国中104位の国

――映画『何を怖れる』を見て、率直な感想を言えば悲しくなりました。フェミニズムを「ブスのヒステリー」として面白おかしく扱ったマスコミに負けてしまったんじゃないかと。彼女たちが訴えたことを今の日本がどのぐらい受け止めたかというと……。

松井久子監督(松井):政府は「女性活躍社会」なんて言っているし、女たちも男女平等の時代になったと思っていても、実際はまだまだ男性のリードする社会です。政治家や企業のトップの男性たちの本音は「女は家で」じゃないかしら。

――私も取材で中年男性から「今の若い女性はずっとちやほやされたいから働きたいなんて言う。そういう女性が多いから虐待が増えたんだ」と言われて驚いてしまったことがあります。

松井:映画の中にも出てきましたが、日本は世界3位の経済大国なのにジェンダーギャップ(男女平等)指数は142ヵ国中104位(※1)。そのぐらい男女の格差がある、男社会です。さらに今は女の中でも格差が広がりつつあって、光のあたる場所にいる女性はテレビのコメンテーターとか官僚とか、外国でMBAを取ってきた人とかほんの一握り。労働力が足りないから「女性が活躍できる社会」と言っているけれど、子どもを預けられる保育所は足りないし、子どもが熱を出して保育所から電話がかかってきたら母親が迎えに行くものと男も女も思っている。そういう意識が根っこのところで変わっていない。女性は非常に大変で、頑張っている時代だと思います。

(※1)世界経済フォーラムが毎年発表している調査。104位だったのは2014年。検討される4つの項目のうち日本は「経済活動の参加と機会」=102位、「教育」=93位、「健康と生存」=37位、「政治への関与」=129位。日本より下位の国は韓国以外では中東とアフリカが多い。

「フェミニズムやったら男にモテなくなっちゃう」

――フェミニズムを「男を敵に回す思想」と言い、女性対男性の構造に見せるのはすごく単純で分かりやすい図式です。だからそう思わせることが容易だったのではないかと思います。

松井:フェミニズムを生きた女性たちは、女性であることを損だとか否定しているわけではないし、男になりたいわけでもない。あらかじめ同等であるはずの権利が、あまりにも違ったのでそこを主張したら男性には耳の痛いことが多かった。それでブスのヒステリーだと言って、女性対男性の構造に見せかけたことで、女からも敬遠されることになった。女性たちの間でも「働いている女は専業主婦を差別している」とか、子どもを持つ女と持たない女の対立もあって、女同士も分断されていくような構造になってしまっているんですよね。

女性監督というのはあまり数が多くないので、私が映画を撮るというときはこれまで応援してくださる方、募金をしてくださる方がたくさんいたんです。でも今回は、「そのテーマなら私は応援できない」と言われたりしました。「フェミニズムやったら男にモテなくなっちゃう」って言った人もいたしね。これがいわゆる構造にはまってしまっているということです。

映画の最初の方で田中美津さん(※2)が言っているけれど、男も小さなころから「男の子だから泣いちゃいけない」「女を食べさせなければいけない」とか、たくさんの刷り込みの中で育ってきて、いろんなことに縛られています。フェミニズムという言葉だから「女の権利の主張」と取られるのかもしれないけれど、本来はどうすれば男も女も自分らしく生きていくかという話です。一緒に勉強して理解すると、男性も楽になると思うのですけどね。

(※2)1970年に「ぐるーぷ・闘う女」を結成。同年に書いた「便所からの解放」は日本の「リブ宣言」と言われる。

――構造にはまらないために必要なのは何なのでしょう。

松井
:映画の世界は男性が多いので、監督として仕事をしているとスタッフである男性たちにすごく神経を遣ってものを言わなくてはならない。「女のくせに偉そうに」と思われてはいけないと思って私はずっとそうしてきました。でも上野千鶴子さんとかを見ていると、全くそんなことがないでしょう。羨ましいなと。「仕事を上手くやってもらうために男性スタッフに嫌われたくない」「女だから下から物を言わなければいけない」というのは構造にはまっているからで、自分の中で覚悟がついていないだけのこと。上野さんから「嫌われるのをなんで怖がるの? 嫌われれば嫌われるほど興味のない男から近寄ってこられずにすむんだよ」と言われて、なるほどなと思いました。結局、自分の覚悟の問題です。“何を怖れる”のかと。

「あなたたちはどう生きるか」という問題提起

――今の若い女性たちに伝えたいことは何ですか?

松井:自分らしく生きているって思っているかもしれないけれど、本当にそう? 自分らしいってどういうことだろう?と、もう一回自分に問いかけてみてほしいと思います。家庭環境、情報、社会、教育、知らず知らずのうちに刷り込まれたものを「自分」と思って生きているのではないですか?ってね。この映画は、「私たちはこのように生きてきました。そしてあなたたちはどう生きるのですか」という問題提起のつもりでつくりました。

こういう映画が今の世の中にとって、どれだけ関心を持ってもらえるだろうって私はあまり考えません。ニーズはマーケティングに合わせてつくられているものだから。そんなところに合わせて物をつくらない。本当にこれが伝えたいと思ったら観てくれる人は少なくても人の心に残って、そしてたんぽぽの綿毛みたいに飛んでいく。私はそう思っています。

映画内には現政権に疑問を投げかける言葉もあるが、公式サイト内のサポーター一覧には安倍昭恵さんの名前も見える。たんぽぽの綿毛は着実に飛んでいるのかもしれない。

「若い人たちに伝えるとしたら?」。松井監督も上野千鶴子氏にこう尋ねている。締めくくりとして、書籍『何を怖れる』での上野氏の答えを引用する。

女の強みは弱者を抱え込むってことだと思います。弱者とは、まず胎児と赤ん坊。どんなエリートの女でも、母になったとたんに弱者を抱えこむ。自分自身は「自立/自律」しているつもりでも、弱者を抱えこむことで依存的な存在になる。(略)弱者と共にあるために、弱者に対する想像力を否応なく備えるようになるのが、女の経験の強みです。女は弱者になれる自分を受け入れることができる。これができないのが、男の弱みですよね。誰もが弱者になるのは避けられないことなのに。(後略)(「女たちとの出会いから」上野千鶴子さんインタビューより)

映画の冒頭で使われた言葉「個人的なことは政治的である」は、フェミニズムの核となったスローガンだ。

(※)田中美津氏の注釈は書籍『何を怖れる』を参考にした。

●松井久子(まつい・ひさこ)監督 1946年、岐阜県生まれ。東京深川で育つ。早稲田大学文学部演劇科卒業。雑誌ライターを経て、1979年に俳優のプロダクション会社を設立。1985年にエッセン・コミュニケーションズを設立。プロデューサーとして数多くのテレビ番組を企画・制作した後、1998年公開の『ユキエ』で映画監督デビュー。その後、『折り梅』(2002年公開)、日米合作の『レオニー』を公開。『何を怖れる』は4作目となる。著書に『ターニングポイント――「折り梅」100万人をつむいだ出会い』(講談社/2004年)、『松井久子の生きる力』(六曜社/2001年)、編著に『何を怖れる フェミニズムを生きた女たち』(岩波書店/2014年)など。

小川 たまか/プレスラボ

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