松井久子(まつい・ひさこ)監督

松井久子監督

「個人的なことは政治的である」

ドキュメンタリー映画『何を怖れる』はこんな言葉から始まる。

東京では1月から2月にかけてミニシアターで単館上映された『何を怖れる』は、ウーマン・リブの時代を生きた12人の女性をインタビューしたドキュメンタリー映画だ。登場する女性たちは60~80代。撮影した松井久子監督は、彼女たちと同世代でありながら、ウーマン・リブやフェミニズムに、それまで「ある程度、距離を取ってきた」という。松井監督はなぜ今、この映画を撮ろうと思ったのか。現代の男女に伝えたいこととは。

あの女性たちと私は違うと思っていた

――撮影のきっかけを教えてください。

松井久子監督(以下、松井):女性のための投稿誌『わいふ(現誌名:Wife)』が2013年に創刊50周年を迎えたのですが、記念イベントで私が手伝ったビデオ作品が上映されました。その際に、30年間編集長だった田中喜美子さんがご覧になって、「私たちはもうみんな老いて死んでいくわけだし、若い人たちに私たちのやったことを伝えるようなものをもうひとつ作ってくれないかしら」と相談されたのです。

私はフェミニズムの問題について、心のどこかでずっと考えていて「やり残した宿題」だと思っていました。そこに向き合わなければいけないのに、線を引いていたというか。

――それはなぜなのでしょう?

松井:私が大学を卒業したのは1969年。ウーマン・リブが始まったのは1970年(※1)です。ウーマン・リブとは、もともと学生運動を一生懸命やっていた人たちが、男性の活動に疑問を感じて始めた運動という一面があります。たとえば、同じように学生運動をしているのに女はおにぎりをつくらされる、とか。同じように汚い格好で活動をしている男を同志だと思っていたら、男のところに差し入れを持ってくるガールフレンドはきれいにお化粧をしてハイヒールを履いているとかね。運動を一緒にする女性と恋人にする女性は別というような、そういう男性の意識に疑問を感じて始まったのがウーマン・リブ。

※1 国際反戦デーで「ぐるーぷ・闘う女」などが銀座で女性だけのデモを実施し、これがウーマン・リブの誕生と言われた。

あの時代の学生は政治的な声をあげることが普通という感覚だったから、私も学生運動の片隅にいたのですが、彼女たちのような疑問を持つほどではありませんでした。大学卒業後は、最初は雑誌のライターをして、その後はテレビや映画の世界に。どの世界も当時はまだ女性が少なくて「男がやっていることを女の私がやる」という感じだったので、男との対立構造になったら自分の仕事がしづらいという意識があった。自分の仕事、表現の仕事を奪われないためには、私は男社会の中でうまくやらなきゃっていうのがあったんでしょうね。

もうひとつは、当時のマスコミはウーマン・リブの人たちのことをものすごく批判的に扱ったんです。キワモノ扱いというか、「ブスでモテない女たちのヒステリーだ」みたいなね。私は彼女たちのように明確な目的意識を持っていなかったせいか、そんな世評を鵜呑みにしていたかもしれません。いつの間にか私も、あの人たちは怖い人って勝手に思い込んで、向き合わなければならない問題だと思いながらも「彼女たちは自分とは違うんだろう」って。

フェミニズムは男を敵にする思想ではない

――その気持ちが変わったのでしょうか?

松井:田中さんから言われて、まず彼女たちの著作物を読んでみようと思いました。学者や物書きの方が多いので、すごくたくさんの量があるのですが、それをまず読んで向き合えると思ったら取り組んでみようと。それで読んでみたらまあ、本当に誤解していたというか。

フェミニズム、ウーマン・リブって男を敵に回す思想でもなんでもない。女性である自分の生き方を問う思想であるということが改めてわかりました。私は30代のはじめに離婚をしていますが、結婚や離婚や仕事で体験したすべての問題が、その思想と絡まっていたことを実感しました。考えているうちに、彼女たちと一緒に活動をしてきた人が彼女たちを撮っても、今の人たちには伝わらないかもしれない。むしろ私のように距離をとって見ていた者が撮った方が、フェミニズムを敬遠している人、苦手だと思い込んでいる人にも伝わるかもしれないと思ったのです。「普通の女」たちとの橋渡しをしたいという気持ちですね。

「フェミニズム、ウーマン・リブって男を敵に回す思想でもなんでもない」とはどういうことか。例えば、松井監督が行ったインタビューをまとめた書籍『何を怖れる――フェミニズムを生きた女たち』の中にはこんな言葉がある。

女が差別されている社会というのは、男も差別されている。女は、ドメスティック・バイオレンスの被害に遭ったりしますが、暴力に直接さらされることは、男よりも相対的に少ない。男は戦争に行って真っ先に死ななければならない性です。結論を言えば、一人ひとりが大切にされ、自分の能力と天分を発揮して、世の中が少しでもいい方向に進むことが大切です。フェミニズムにとって男が敵だ、というのはおかしいと思います。(「女の未来を切り開く」樋口恵子さんインタビューより)

「ウーマン・リブ」、現在はどこへ?

――ウーマン・リブという言葉は、現代ではもう聞かないですね。

松井:あさま山荘事件や連合赤軍事件があり、学生たちが「自分たちが世の中を変えるんだ」と思ってやっていた運動は完全に挫折しました。ウーマン・リブのような活動も、そのままのかたちでは今では残っていません。でも時代とともに、女性たちはそれぞれが抱えるテーマのもとに活動を続けたと思います。(映画の中に登場する)上野千鶴子さんや井上輝子さん(※2)は学問・思想としてフェミニズムを言葉にしました。自身も障害を持つ米津知子さん(※3)は優生保護法反対運動を45年間続けている。性暴力や軍隊の問題を考え続けている女性もいます。

※2 和光大学名誉教授。アメリカで行われていたウィメンズ・スタディーズを女性学と訳し、日本に導入した。/※3 「SOSHIREN女(わたし)のからだから」および「DPI女性障害者ネットワーク」のメンバー。幼いころポリオにかかり、下肢に障害をもつ。/(※)注釈は書籍『何を怖れる フェミニズムを生きた女たち』を参考とした。

>>【後編へ続く】フェミニズムは男性をも救う ドキュメンタリー監督が指摘する「男と女の対立構造の罠」

●松井久子(まつい・ひさこ)監督 1946年、岐阜県生まれ。東京深川で育つ。早稲田大学文学部演劇科卒業。雑誌ライターを経て、1979年に俳優のプロダクション会社を設立。1985年にエッセン・コミュニケーションズを設立。プロデューサーとして数多くのテレビ番組を企画・制作した後、1998年公開の『ユキエ』で映画監督デビュー。その後、『折り梅』(2002年公開)、日米合作の『レオニー』を公開。『何を怖れる』は4作目となる。著書に『ターニングポイント――「折り梅」100万人をつむいだ出会い』(講談社/2004年)、『松井久子の生きる力』(六曜社/2001年)、編著に『何を怖れる フェミニズムを生きた女たち』(岩波書店/2014年)など。

小川 たまか/プレスラボ

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