生殖工学博士の香川則子さん

卵子凍結保存とは、女性が将来の出産に備えて卵子をあらかじめ採取し、長期間保存しておく医療行為。興味のある女性は多いものの、卵子凍結保存にかかる費用や期間、採取方法について知らない人も多いのではないでしょうか。また、適性年齢を過ぎるとリスクがあったり、妊娠率が低下したりもします。

東京都中央区に「プリンセスバンク」を設立した生殖工学博士の香川則子さんは、『私、いつまで産めますか?』の著者でもあり、副題に「卵子のプロと考えるウミドキと凍結保存」とあるように、卵子を研究し続けてきたプロフェッショナルです。香川先生に卵子凍結に関するあらゆるお話をお伺いしました。

浦安市の助成は、卵子凍結によって将来的に人口が増えるかの研究

――最近「浦安市が卵子凍結保存に助成金」というニュースを耳にしました。先生はこのプロジェクトの一員でもあるそうですが、なぜ浦安市だけが助成金を出すことにしたのでしょうか? 「私の地域でもやってくれたらいいのに……」というアラサー女性の声が聞こえてきそうです。

香川則子さん(以下、香川):これは浦安市が「なにか子供を増やす方法はないか?」と考えた末の打開策です。現在、国が行っている不妊治療への助成金は42歳まで(所得制限付き)が対象で1回15万円まで。利用できる回数にも制限があります。でも実際、42歳で不妊治療を成功させる、すなわち出産までいたる確率は3.7%とたいへん低く、子供は増えません。それだったら対象年齢を下げる代わりに卵子凍結保存にかかる金額の7割を補助して、子供が増えるかどうか検証しよう、ということです。

なぜなら、その助成金は私たちの税金で支払われているわけです。少しでも少子化を止める可能性が高い方に使おうという考えが出てもおかしくありませんよね。浦安市が卵子凍結への助成金へと踏み切ったのは、これが「卵子凍結を通じて女性が妊娠、出産して、将来的に浦安の人口が増えるか」という試みだからです。これにより結果を得られたら、他の自治体でも助成金を出す地域が増えるかもしれません。

――浦安市が助成金を出すのは34歳まで。やはりそれ以上になると卵子凍結保存をしたとしても出産は難しいということでしょうか?

香川:本書に詳しく書きましたが、卵子凍結保存とは体外受精を「途中までひとりで済ませておくこと」だと考えてください。そして残念ながら体外受精であっても年齢とともに出産率は低下していきます。35歳でも約15%、39歳になると約10%まで減少し、41歳になると約5%というデータがあります。体外受精という高度な技術をもってしても、卵子の老化の問題は解決できないのです。

アメリカをはじめとする諸外国では自分の卵子で体外受精できるのは37歳までと決められています。これは38歳以上になると体外受精をしても出産までこぎつけられないと考えられているから。日本では採卵は39歳まで、その卵子を使うのは44歳までが“推奨”されています。推奨ですので、それ以上の年齢で卵子凍結保存をすることも可能ですが、引き受けてくれるクリニックはかなり少ないと思った方がいいでしょう。

体外受精という高度な技術でも卵子の老化は解決できない

――では、アラフォー女性は子供を諦めるしかない、ということでしょうか?

香川:もちろん希望はありますが、アラフォーになると出産するのは年間25人に1人、もしくはそれ以下という数字を変えることはできません。また40歳で10個卵子があれば妊娠できるだろうというデータもありますが、出産までいたるには50個の卵子が必要であり、40歳でそれだけの卵子を自前で用意するのは不可能といっていいでしょう。

そこで排卵誘発剤を使って卵巣を刺激し、一度に多くの卵子を取り出す手術をするわけですが、年齢が上がるにつれて卵巣年齢もあがっているので思うように反応してくれません。また卵巣刺激によってかえって卵巣の寿命を縮めることもあるので、むやみに回数を重ねることもおすすめできないのです。

――でも、卵子が採れるならまだ希望があると思うのではないでしょうか?

香川:その気持ちは痛いほどわかるのですが、体外受精は5回までが生殖医療界での常識。成功した人はだいたい5回までに成功し、そこでダメだった人は何度トライしても妊娠率は急降下します。特にアラフォーになると、妊娠できても流産してしまい、出産はできない。でも可能性はゼロじゃない……と、やめどきがわからなくなってしまいます。そこからは精神的にも金銭的にもとてもツラい道のりになります。

果たしてそれが幸せの道でしょうか? 終わりの見えないトンネルに迷い込む前に“体外受精は5回まで”。そうあきらめどき、またはお休みどきをしっかり決めておくことも、自分の未来を明るくする選択だと思います。一見すると厳しすぎる現実に思えるかもしれませんが、あとで後悔しないためにいま知っておいてほしいことを、本書にまとめました。でも実をいうと、40歳以上で妊娠した方の6割が自然妊娠なんですよ。そうしたことを知っておくと、これからの人生をどうするかも考えやすいですよね。

排卵誘発に2週間、採卵に1日、1回100万円以上かかる

――実際、どのような方が卵子凍結保存をしているのでしょうか?

香川:するか、しないかは別として、カウンセリングに来る方の大半が「婚活の間に卵子が老化するのが怖い」とおっしゃいます。高齢出産のリスクを抱えている方でも「リスクをわかった上で、それでも自分にできることをしたい」と保存を希望される方もいます。

将来、出口の見えない不妊治療をするのもツライので、「いまの卵子でも将来妊娠できなかったらあきらめられる」という方も。みなさん、理由はそれぞれですが、卵子凍結保存という選択肢を通して自分の気持ちとしっかり向き合う。まずはそれが一番大切なことなのです。

――先生は卵子凍結保存を希望される方たちひとりひとりとカウンセリングし、適性検査をされるそうですね。

香川:先ほど話したように、現年齢だとどれくらいの妊娠が望めるか、出産率はどうかというお話をしたあと、検査させて頂きます。検査内容はパートナーの有無に始まり「なぜ子供が欲しいのか」「何人欲しいのか」などをヒアリングします。

そんな個人的なことは聞かずに、さっさと卵子を採ってくれればいいと思う人もいると思いますが、採卵というのは高度な医療です。カウンセリングや病院での受診に1時間ずつ、卵巣を刺激して排卵を誘発するのに約2週間をかけ、日帰り入院で採卵します。さらに、採れた個数や保管しておく年月にもよりますが、検査、採卵、保管などトータルで100万円程度という高額な費用を自費診療で支払わなくてはなりません。

多大な時間とお金がかかること。そして何より手術を伴う医療行為を受けることを軽々しく考えない、そのことを約束していただけない方にはこの医療をおすすめすることはできません。

>>【後編につづく】産むか、産まないか、決めるのは他人じゃない “卵子のプロ”が語る、母親になるために必要なこと

●香川則子 京都大学で博士号を取得、世界最大の不妊治療専門施設の附属研究所で8年間の研究キャリアを積む。卵子、卵巣組織の凍結保存技術開発や臓器移植技術開発など不妊症患者やがん患者を救う数々の世界初の研究成果を生み出しながら臨床応用を実現。働き続けたい女性のための生殖補助医療技術を普及させるべく、2012年に独立。科学者として医学や医術をわかりやすく翻訳し、広く中高生やキャリアウーマン、更年期女性の健康や美容の維持、改善を促し、女性が自分らしい人生を自ら選び、決断し、例え人生の一大事を迎えても後悔せずに前向きに歩んでいけるよう啓蒙活動を進め、先端医療技術開発研究12年のキャリアと国内外の共同研究先とのネットワークを活かし、女性の人生創りを複合的にサポートすることを目指す。プリンセスバンク Makuake

根本聡子

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