『埼玉化する日本』著者が語る消費文化

『埼玉化する日本』著者・中沢明子さん

近年、消費の専門家たちが警鐘を鳴らす「ファスト風土化」「モール悪玉論(※)」、さらには、地元でほとんどすべての買い物をまかなう 、消費意欲旺盛な「マイルドヤンキー」たちが主役の消費論が騒がれている。地方へ行くと、国道沿いにはチェーン店が並び、郊外にはショッピングモールがある。どこの町も同じような街並みがあり、マイルドヤンキーたちが週末にこぞって買い物にやってくる……。

それを「悪」とする見方が大半だが、それは本当に悪いことなのだろうか、と異議を唱えるのが、『埼玉化する日本』(イースト新書)の著者、中沢明子さん。自らを買い物、流行大好きの「消費バカ」と語り、モールも最先端の買い物もイイトコ取りの買い物ができる埼玉へ、東京から移り住んだ。これまで、消費の主役とはいえない男性目線で語られることが多かった消費論に、買い物好きの女性目線で切り込む中沢さんが考える、これからの消費についてうかがった。

(※) モール悪玉論……「ショッピングモールは日本中の消費生活をフラット化させ、どこもかしこも同じ風景になり、地元の商店街を壊滅させた、と言われがちだ。いわゆる『モール悪玉論』である」(『埼玉化する日本』より)

郊外型モールと都心の両方にアクセスしやすい「埼玉」

――最初に、本のタイトルにもなっている、「埼玉化」とはどういうことなのか教えて下さい。

中沢明子さん(以下、中沢):ひとつは、無個性化という意味です。それから、消費者として郊外と都心、両方に1時間くらいで行ける場所に消費の現場が網羅されるといいな、という希望。そのダブルミーニングのつもりで「埼玉化」と呼んでいます。

埼玉は、他の東京に隣接する千葉のディズニーランドのような特別な観光地がないですし、神奈川の横浜のようにブランド化している場所もありません。外から見て、一見「何もない」。また、県全体が「郊外」のようなイメージもあります。もちろん、埼玉にも秩父や川越、長瀞など観光地はいろいろあるのですが、たとえば西日本の人からすれば、あまり知られていないわけで、「何もない郊外」の象徴として“埼玉”を選びました。

その一方で、消費の場としては、気取らず便利に買い物ができる郊外型モールも、最先端の商品が集まる東京も近く、両方チョイスすることができ、「ちょうどいい」消費生活を楽しむことができます。

しかも、特別な地方色がなくて、1時間圏内に都会があるということは、日本のいろんな町に当てはまると思ったんです。例えば、愛知県だったら、名古屋や栄に1時間ぐらい、郊外型モールに20分ぐらいで行くことができるような「郊外」。そういう場所を「埼玉」としてイメージして考えて下さい。

私は東京生まれの東京育ちで、以前は六本木ヒルズや東京ミッドタウンといった都市型モールしかよく知らなかったため、郊外型の「モール文化」がピンとこなかったんですね。でも日本全国でみたら、モールで買っている人が多いはず。つまり、東京だけが「郊外型モールの流行」から取り残されていた。その実態を知るために、埼玉へと引っ越しました。結果として、埼玉の暮らしのちょうど良さが気に入り、マンションまで買ってしまったのですが、これから日本は、ちょうどいい消費生活ができる埼玉のように「埼玉化」するべきだし、そうなりつつあると感じました。

オシャレな“高感度ショップ”も、実は無個性化している

――そうするべきだし、そうなりつつある、とは?

中沢:消費者は、郊外型モールのような日常的な消費と、たとえば本書で例にあげた青山にある「アーツ&サイエンス」のような高度に洗練された“高感度ショップ”を、もっと自由に行き来すればいいと思うんです。

一方で、「モール文化は画一化されていてつまらない」と言われることがありますが、高感度ショップのほうも、実は「ファスト風土化」しています。

この「高感度ショップもファスト風土化」という点も、本書で指摘しておきたいと考えていた部分ですが、各地方の高感度ショップに行くと、知らない街でも、あそこは高感度ショップだとすぐにわかる。それは、外観が似ているから。高感度ショップの店主たちも消費者たちも、自分たちはモールで買っている人とは違う、個性的な消費者だと思っている。

ところが、日本全体で俯瞰すると、同じなんです。そういう店にいる人は似ているし、売っている物も似ている。あまりオシャレじゃない人が怖くて入りにくく感じる排他的な雰囲気のところは、自分を特別視しているからそういう雰囲気を醸し出すと思うので、そのような空気を取り除くには、高感度ショップ側が自分たちもまた無個性であると自覚するといいと思うんですね。あえて排他的にしたいなら別ですが。私もどちらかといえば、そうした志向の消費者の一人ですから、自戒を込めてそう考えています。

もちろん、本当に珍しい個性を持ったお店もあるんですけれど、多くは東京の高感度ショップの「高感度」がやや薄まって、そこに地方色をトッピングした感じになる。個性的なはずなのに、俯瞰すると、なぜか無個性。人の個性とは、少数派か多数派かという程度の違いでしかないのではないか、というのが、アイロニカルな言い方かもしれませんが、私の持論です。だけど、どちらも楽しむことができれば、多くの人にとって豊かな生活につながっていくんじゃないかと思います。

>>【後編に続く】買い物をすれば自分がわかるー『埼玉化する日本』著者が語る、賢い消費で人生を豊かにする方法

●中沢明子
ライター、出版ディレクター。1969年、東京都生まれ。女性誌、ビジネス誌など幅広い媒体でインタビュー、ルポルタージュ、書評を執筆。著書に『それでも雑誌は不滅です!』(朝日新聞出版)、古市憲寿との共著『遠足型消費の時代』(朝日新聞出版)、プロデュース本に『ケチケチ贅沢主義』(mucco/プレジデント社)、『深読みフェルメール』(朽木ゆり子+福岡伸一/朝日新聞出版)など。

上浦未来