鈴木涼美が提案する30歳からの生き方

社会学者・鈴木涼美さん

>>【前編はこちら】何を選択しても批判され、満たされない――元AV女優の社会学者・鈴木涼美が語る、現代女性の生きづらさのワケ

30歳は「若い」ってだけで生まれる商品価値がボロボロと身体から剥がれてくる歳

――31歳の鈴木さんにとって、アラサーとは何ですか?

鈴木涼美さん(以下、鈴木):30歳って、50代のおじさんとか学者からみると「若い」ってくくられるけど、私の中では10代は「子ども」っていうジャンル、20代は「若い女性」っていうジャンルで、30になると、「ババア」なんですよね、特に夜の世界にいると。女性の肉体的価値が暴落する歳で、だけど、「女が1番魅力的だよね」って言われる歳でもあって。

だから30歳になった時、絶望したわけではないけど、「若い」ってだけで生まれる商品価値がボロボロと身体から剥がれてくる歳だと思ったので、じゃあそこで何が私に残るかなってことをある程度自制的に考えはしました。

――それは30歳になってから感じたことですか? それともなる前から危機感を持っていましたか?

鈴木:30歳になる前は、30になったらもうちょっとどうにかなると思ってた(笑)。20代の、ある程度愚かなことをしても「若い女の子ってバカだよね」っていうので片付けられるところから、30になったらもう少し自分の地場みたいなのができてて、土台ができてると思っていました。

でも29歳の次の日30歳になるわけだから、当然その日に急に自分の身が安定するわけでも心が安定するわけでもなくて、相変わらず愚かで、でも、21歳の子が犯す過ちと30歳が犯す過ちって、行為自体が同じでも世間的なイメージの意味はかなり変わってくるじゃないですか。そういうところではちょっと自分を省みます。

社会的な見栄えが悪くなるのは嫌。30歳にもなってチャラチャラしてると「イタい」って思われるじゃないですか。「イタい」って思われてももちろんやることはやるし、それですべてを決めてるわけじゃないけど、世間から「イタい」と思われてでもやりたいことかどうかというのは、20代の時よりはワンクッションあるかなと思います。

――20代の時はなかった?

鈴木:全然なかった。若くてバカでっていうのである程度何してもカッコつくと思ってたし。

アラサーって自分の強みと、希望や将来やりたいことが分かれてくるところ

――鈴木さんはこれからどうしていくんですか?

鈴木:私、戦略の無い人間なんですよ。明日何して生きていきたいかを考えていたらこうなっちゃった。20代の時に、30代でも何かしらの文章を書いていると思ってはいたし、実際それは記者時代も今も書いているけれど、具体的にどうなってるかなんて全然考えていませんでした。これからも仕事もあれば恋愛もあれば人生もあると思ってはいるけれど、今のところ今後どうなっていくかは分からないですね。

でも、愛について考え続け、幸福について考え続け、女について考え続けていくとこまでいこうかなって思います。誰でもどこか満たされてないと思うけど、その満たされなさとの付き合い方の上手さ下手さみたいなのはあるんじゃないでしょうか。

学生としての日常とか会社員としての日常とか、もちろん楽しいこともたくさんあるけれど、基本的には日常って誰にとっても退屈なものだと思っているから、人間って退屈な日常とのつきあい方とか発散の仕方とか、どこかに退屈を埋めてくれるものを求めるものだと思うんです。それが恋愛の人もいれば音楽の人もいれば、それこそ夜の世界、クラブ行きたいとかホストクラブ行きたいとかになる人もいて。

自分の退屈を、お金がかからずに長く付き合えるもので埋められることって女にとって大事だと思うんですよね。シャネルをバカ買いして埋まるなら良いけど、その経済力が持続する人ってかなり少ないと思うし、ホストでもクラブでも、その体力が持つ間は良いけど、長くは続かないものだし。

アートとか音楽とかのある程度分かりやすい趣味、もしくはそれを仕事にしてる人って、この世界との付き合い方が私からみるとすごく上手だなって思うんだけど、多くの人はそんな高尚な趣味持ってないでしょ。私だって別に楽器も弾けなければ絵も描けないし、自分の中で見つけるしかないですよね。

子どもを産むってことも良い恋愛をすることも、退屈を埋める高尚な方法だと思うけれど、私はまだ全然見つかってない。見つからなかったらつらいですよね、退屈な日常を全うしなきゃいけないから。

――高尚な、退屈を潰す方法を見つけられない、「満たされない」アラサー女性はどんな生き方をしていくべきなのでしょう?

鈴木:アラサーって年齢的な通過点だから、それまでの人生もあればそれからの人生もあり。20歳くらいまでっていろんな子がいたとしても、ある程度共通項があるけど、アラサーになると、子どもが3人いる子もいれば、女子高生の頃と全然変わらない、親元に居る子もいれば、バリバリ出世している子もいれば、ワープア(ワーキング・プア)みたいな人もいればで、かなり分かれてくる時期だと思うんですよね。

女子高生の頃って願望とか将来やりたいことがゼロベースで考えられるけれど、アラサーになったらそうはいかない。例えば本当に子どもが欲しいって思ったら、ある程度のタイムリミットは意識するわけだし、結婚することもそう。今からAV女優になろうと思ってもいろんな選択肢はなくて、もう熟女モノの企画女優になるしかないじゃない。

自分が今まで生きてきた人生があって、でもこの先もまだ長いじゃないですか。アラサーなんてまだ人生の半分もいっていない。まだまだこれからって言われる時期でもあるし、今更って言われる時期でもあるし微妙なとこだと思います。

アラサーって自分の強みと、自分の希望や将来やりたいことがかなり分かれてくるところに立っていると思っているので、今までやってきたことを振り返りながら、自分の商品的な価値って20代までと比べてどれくらい下がってるかなとか、世間的なアラサーに比べて私は収入が低いとか高いとか、世間的なアラサーに比べて恵まれてるなとか、今まだ独身の子もいるけど私は子ども3人に対する責任感があるなっていう現在の立ち位置も考え直した上で、改めて今後自分がやりたいことや、現実的にそれができるかどうかを考えてみたらどうでしょう。

(木村映里)

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