鈴木涼美が語る「昼と夜の女の生き辛さ」

社会学者・鈴木涼美さん

昨年『AV女優の社会学』を出版し、その後、『週刊文春』に過去のAV女優の経歴をすっぱ抜かれることで多様な方面から次の論客として注目されている社会学者、鈴木涼美さんが2014年11月に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』を出版した。

さらに彼女は、以前ウートピでも取り上げた、性風俗産業に従事する女性のセカンドキャリアを支援する一般社団法人GrowAsPeopleの理事を務めている。ちょうどウートピ読者世代でもある31歳の鈴木涼美さんに、夜の世界の現状とアラサー女性の行く末についてお話を伺った。

足元を掬われやすい立場にいることは自覚しておかないと怖い

――元AV女優であることを週刊誌にすっぱ抜かれたことについて、鈴木さんは気にしていないというか、そのことも次の仕事に繋げる姿勢に対して、とても強い女性だと感じるのですがいかがでしょう?

鈴木涼美さん(以下鈴木):強い? それは間違ってますね(笑)。

――では気にしていないわけではない?

鈴木:「気にしてます」「私は悲しかったです」「つらかったです」とか言う方が勇気がいります。気にしてないフリする方が楽。「週刊誌ってクソだよね」って言うことはできるけれど、それでへこたれてるって思われるのは怖いから、ある程度自分を被害者化しないで、しれっといたいなと思って。強くないですよ私は。

週刊誌にすっぱ抜かれるなんて、基本的には不本意なことではあります。でもあの記事は結局、「週刊誌ってくだらないよね」みたいな話になったが故に、読者は私を、婉曲的にというか間接的に援護してくれて、それは心強いことではありました。「鈴木涼美けしからん」みたいなことを言って、週刊誌的おやじ価値観に自分が侵されてるって思われたくないみたいな意識もあるんじゃないですかね。

――おやじ的価値観を馬鹿にしてる?

鈴木:おやじ的価値観って、いわゆるバカにされる対象じゃないですか。だから、それによってちょっといじめられたりすると、「自分はおやじ価値観ではない」って言う人に援護されやすいっていうのはあるかも。

今まで日本を動かしてきたのはおやじ的価値観というかおやじ達であって、私達が座っている椅子もおやじ達によって作られてると思うから、バカにしてるわけではないんだけれど、バカにしてる風潮には多少乗っといた方が、みんなに味方してもらえる。

――頭良いですよね。そういうところ。

鈴木:そんなことないですよ、私ボロボロです(笑)。頭を動かしていないと、心に侵食されちゃうでしょう。私はかなりだらしない人間だから、それこそ会社みたいにある程度時間を決めてくれたりすると動けるんだけど、そうじゃないときって、「ああもう嫌だ、逃げたい、ワー」みたいになるタイプで、お酒に走ったり男に走ったりするから、頭は動かしていないと、本当に壊れちゃうなって思います。

今は足元を掬われやすい立場にいるとも思うし。AV女優だった、それで新聞記者もやってたっていうのは、人によっては掬いやすい足じゃないですか。それを持ってるっていうことはある程度自覚しておかないと怖いですよね。

夜の世界にはかなり人を狂わせる空気感がある

――元AV女優で、キャバクラ勤務経験もあり、絵にかいたような「夜の女性」という印象が強いですが、鈴木さんにとって夜の世界とは何なのですか?

鈴木:「そこに在るもの」じゃないかな。私は風俗でもAVでも、別に立派な仕事だとは思っていません。でもそれなりに「在り続けるだろう」とは思っているし、それを必要とする人も、女子からみても居続けるだろうとは思っています。

私自身その世界に入るきっかけがあって、そこに嵌っていくことが楽しかった。その中でも、自分なり周りなりが抜けられなくなってると思ったり、なんでこうやって夢中になっちゃうんだろうとか、なんでここでしか生きられない人がいるんだろうとか思ったりはしていたんですよね。

夜の世界に対して構造的な貧困問題とか精神疾患を関連させて、問題意識を持ってみる人はいる。けど私は、そこにある空気感がかなり人を狂わせるものがあって、自分も狂っていたなと思うし、その楽しさを解体して、内訳を見たいとも思います。

――GrowAsPeopleの理事を引き受けたのもその延長線上ですか?

鈴木:理事を引き受けたのは、代表の角間に頼まれたから、かな。私と角間って価値観が似てるんです。夜の女の子って「満たされない」みたいなことを言ってくることが多いけど、例えば必要以上に服とか靴とかの物品は持ってる状態や家族はいる状態で、満たされないって何なんだろうねって話をするんですよ。そういう時に彼はかなりクリアな、貧困への問題意識やフェミニズムのフィルターを通さずに生身の女子を見ている気がして。
私もなるべく生身の女子の、その子たちの雰囲気を壊さないで見たいなって思ってるタイプだから、立場は違うんだけれど思うところは似ています。

風俗とかAVとかキャバクラとかに対するアレルギー反応や、「何か解決しなきゃ」みたいな強い情熱じゃなくて、その雰囲気を楽しみながら、受け入れながら、多少の問題意識は持ってみる「ゆるさ」を共有できる人って、友達にはいても、具体的に何か活動している人でって周りに今まであまりいなかった。

――風俗・AV関係で何かしてる人で何か活動している人って、大体「そんな仕事駄目だ」が前提ですものね。

鈴木:そうそう。たとえるなら、「デリヘルがだめならセクキャバはどう?」が言える人っていないじゃないですか。昼職にするとか親元に戻るとかを勧める人はいるけど。夜の世界の中に今いなきゃいけない時に現実的じゃないことを勧めるより、必要なこと言える角間には好感が持てる。だから彼の活動は応援したいなって。

具体的な運営に関わっているわけではないけど、何かする時に協力し合える状態って私としても心強いし、「鈴木涼美」っていうネームバリューは向こうにもプラスになるってことで話がきたので、割と「いいよー」みたいなゆるい感じで。お友達同士で。

いろんな選択肢があって、どれを選んでも批判され、どれを選んでも満たされない

――鈴木さんは昼の世界と夜の世界の間でバランス良く生きているように見えますが、なぜそれができるんですか?

鈴木:むしろバランス悪いですよ(笑)。諦める技術の無さっていうか。新聞記者になって5年くらい経った時に、昼の世界の人として軸足ができて夜を諦めたと思ったけど、そうすると書くものが全部夜寄りになりました。『身体を売ったらサヨウナラ』もちょうど会社入って5年経った時に「あの頃楽しかった」といった話で書き始めたんだけれど、我ながら捨ててきたものに対する未練がましさを感じましたね。

夜への思いを抱えていると昼の仕事が侵食されるし、昼にいれば夜に興じられない。ある程度のところで選択せざるを得ないものだけれども、選択の後延ばしって、確実に私の人生を豊かにしてはいないと思います。

でもこの世界で女が生きていくのはけっこう大変じゃないですか。いろんな選択肢があって、どれを選んでも批判される。どれを選んでも満たされないし、でも分裂し続けることはできない。それはプラスじゃなくてマイナスで、自分で見てても愚かだけれども、女の生きづらさを象徴するような愚かさだなとは思います。

――鈴木さんにとって「書く」ということはどんな意味を持っているのですか?

鈴木:自分の中で整理したいという気持ちもあれば読んで欲しいという気持ちもあり、活字になれば残るっていうのもあります。友達と喋ってる時に良いこと言っても残らないじゃないですか。新聞記者時代から思っていたことなんですけれど、活字ってすごく強烈で、言語化されていない空気感みたいなのって、活字にすることで初めて事実が生まれるんじゃないかな。

私はダンサーでもなければ音楽がつくれるわけでもないけれど、アートをする人みたいに、自分の世界の見え方っていうのを表現する道具として社会学っていう学問や文体っていう武器を持っていると思っているので、夜の世界の引力について怖いところも含めて、構成員たちが作り出している魔力みたいなものを言語化していきたいなと思います。

>>【後編につづく】夜の世界では30歳は「ババア」 元AV女優の社会学者・鈴木涼美が語るアラサー女性の生き方

(木村映里)

この記事を読んだ人は答えてね!
人が回答しています