「家族信仰」が社会の多様化を阻害する?

『シングルマザーの貧困』著者・水無田気流さん

>>【前編はこちら】もう「貧困はかわいそう」という時代じゃない 『シングルマザーの貧困』著者が語る、人権意識が足りない社会

シングルマザーは貧困に陥りやすく、生きづらい。自分は未婚、または既婚だけど子どもはいないし離婚するつもりもないから関係ない……。はたして、そうでしょうか? ひとりで子どもを育てる女性を貧困に追いやっているのは、女性の労働環境や社会保障制度のあり方であることを、社会学者の水無田気流さんは『シングルマザーの貧困』 (光文社新書)で解き明かしました。いずれも私たちが社会で生きていくなかで、常に関わりつづけるもの。誰もが無関係ではないことが、本書を読むとよくわかります。

そしてもうひとつ、シングルマザーの貧困問題を通じて浮かびあがってきたのが、日本人の家族観です。家族のあり方がたいへんな勢いで多様化している現代にあってなお深く根を張り、女性の生き方を縛り、ほんとうに解決すべき問題を見えなくしている「標準世帯」について、引きつづき水無田さんにお話をうかがいます。

家族の変化に社会の意識はついていっていない

――現在の社会保障制度やいろんな世の中の仕組みが、正社員の夫に専業主婦の妻、子どもは2人ほど……という標準世帯を想定して作られていますね。

水無田気流(以下、水無田):はい。でも、実は標準世帯の歴史って、とても浅いんですよ。1950-70年代の高度経済成長期に一般化したものです。

――本書には最初からシングルで産むとみずから決めた「選択的シングルマザー」も登場しますが、世間的には、標準世帯を作るべく、子どもを産む前にまずは結婚することが求められます。

水無田:法律婚をしたカップル以外は子どもを再生産してはいけない、という風潮ですね。選択的に未婚で産んだ女性だけでなく、離婚してひとりで子どもを育てる女性も標準世帯から外れていますから、どちらも厳しいバッシングにさらされます。それが不毛であることは前編でも話しましたが、家族の現実は変化しつづけているのに、社会の意識はついていっていないため、こうした批判が出てくるのです。しかもさらなる前提として、家族は「愛情」によって結びついている、という考えがあるから厄介です。

女性はいままでだってケアの領域で活躍していた

――何か困ったことがあっても、社会保障制度を頼る前にまずは家族で助け合って何とかしましょう、という動きもありますね。

水無田:近代社会はあらゆる側面を合理化する方向で進行してきましたが、その最小単位である家族の根拠は愛情という非合理的なもの。これは、根本的な矛盾です。愛情は一定不変のものではありません。家族成員の健康状態や心理状態など、条件によってもどんどん変わるものです。それなのに、家族の愛情が全くうつろうこともなく、外で働く父、家族をケアする母というふうに期待される役割をはたすのが当たり前……。これはファンタジーですよ。でもこれが、確固たる現実として扱われてきました。

――まるで『サザエさん』の磯野家ですね。

水無田:サザエさんの新聞連載が始まったのが1946年です。それから70年近く経っているのに、ああいうユートピア家族とでもいうべき標準世帯を前提に、制度が作られているのが問題です。これではシングルマザーは救われません。現実に生きているシングルマザー、さらにその子どもたちに目を向けて社会保障制度や雇用のあり方を見直す必要がありますね。もちろん、できるだけ早く!

――それだけでなく、日本では「ふつうの母」に求められる基準がとても高いと指摘されています。

水無田:すでにお話しましたが、日本のお母さんは、子どもにかける手間の数がとにかく多いんです。ほかの先進国と比べても、段違いですよ。そのうえ、家庭のなかに父親が不在。せいぜい、たまに「パパにもお手伝いしてもらいましょう」程度でしょ。

「子育てはいつも楽しいか」を訊ねたアンケートで、楽しいと答えた日本人女性は半数以下でした。アメリカでは67%です。母親が子どものケア、家族のケアをぜんぶ背負いこむのを当然としてきたのが、日本の家族です。当たり前のことは評価されないから、楽しくない。それどころか、母親役割のハードルが高すぎるので、いい母親になれないと悩む女性が非常に多いのが日本の現状です。いま盛んに女性の活躍が叫ばれていますが、女性はいままでだってケアの領域で活躍していたんですよ。ただ対価も評価もないので、政治家のおじさんたちには輝いて見えなかっただけです。

誰もが標準世帯の枠組みから外れる可能性がある

――ケアの負担はそのままに、生産年齢人口が減ってきたから外でもどんどん働いてください、というのが、いまいわれている「女性の活躍」ということですね。

水無田
:その一方で、ロイターが行った国際調査で「女性は外で働くべきではない」と回答した割合が多かったのは1位インド、2位トルコ、3位日本でした。カースト制度も宗教制度もない国なのに、家庭についてはいまなお、これほどまでに保守的なんです。日本人は無宗教だといわれていますが、実際は「家族教」を信仰する国といえるでしょう。母性神話をあがめる宗教ですね。そしてシングルマザーは、その教理に反した異教徒というわけです。

――では、シングルマザーへの風当たりの強さは、異教徒への迫害ということになりますか?

水無田:はい。でも目に見える形で迫害されるのではなく、ひたすら存在を無視されるんです。この国は標準世帯以外の人たちを見捨てることによって、美しい家族像の純粋性を守ってきました。歴史をふり返ると、不寛容で純粋性ばかりを追求するものはだいたい内側から滅んでいくのですが……。安倍首相はよく「美しい」という表現を使いますね。彼は美しい家族像に収まらないものに目を向ける気があるのかどうか……、とても心配です。

――そう考えると、「美しい」ってとても怖いことばですね。

水無田:私もすごく怖いです。民主主義国家が成立するためには、一見デタラメで不愉快に見える人たちでも、基本的人権があり、誰もが生きる権利を守ってもらえる……ということも必要なのですが、果たしてこれが容認されるのかどうか。

これは、繰り返しますが美醜や感情の問題ではなく、人権の問題です。さらに今の社会では、さまざまな領域で流動化が進んだ結果、誰もが標準世帯の枠組みから外れる可能性があります。家族のファンタジーを守るため、現実に苦しんでいる人たちを見て見ぬ振りをするのは本当に問題です。

この本を読んでもなお、シングルマザーは自分勝手で無責任だと腹を立てる人もいるでしょう。それはいいんです、思うのは自由です。でも、シングルマザーもその子どもも安心して暮らせる社会は、平等意識や人権意識のうえに成り立つものです。そしてその意識は、民主主義社会の拠って立つ基盤でもあります。これだけは、みんなで守っていただきたい。シングルマザーのことはきらいでも、民主主義のことはきらいにならないでください! というところですね。

三浦ゆえ

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