フィリピンの女性監督が語る29歳の決断

現代の都会的なマニラを舞台に、コールセンターで働く若者たちの夢と恋と友情を描く映画『SHIFT〜恋よりも強いミカタ〜』。この作品には、コールセンターで働きながら映画の道を目指した監督自身の経験が反映されており、夢と現実の間で揺れ動く女性の心を繊細かつ鮮やかに映し出しています。本作で「大阪アジアン映画祭2014」 でグランプリを獲得したフィリピンの新人監督シージ・レデスマさんに、30歳を前に模索した自身の歩みや、フィリピンのカルチャーなどについて聞きました。

30歳が目前に迫り、「リスクを取らないことには変われない」と思った

――映画の舞台となっているコールセンターが、フィリピンでは人気の職場だそうですが、その背景を教えてください。

シージ・レデスマ監督(以下、レデスマ):フィリピンでは就ける職がほかにあまりなく、また他の似たような仕事に比べて給料も高めなので人気があります。運営者がコールセンターはカッコいい場所、楽しく働ける環境というイメージを売り込んでいるので、若者が集まりやすいという側面があります。

大学で農学や経営、建築、心理学などを勉強しても、それを活かせる仕事に就くことができず、自分の目指す仕事を見つけるまでの「つなぎ」としてコールセンターに来る人が多いです。環境や給料がいいので、この職場が好きで5年10年続ける人ももちろんいます。

――コールセンターで数年働いて、その後、自分の望む仕事に就くことは可能なのでしょうか。

レデスマ:コールセンター業界を卒業した成功例がないわけではありませんが、難しいのが現実です。生活にはお金が必要ですから、夢の職業を求めてコールセンターを去っても、数年後にまた戻ってくる人もいます。

――監督もコールセンターで働いていたそうですが、それを辞めて、映画の道へ進もうという決断ができた理由は何でしょうか。

レデスマ:もちろん年齢は大きな要素です。23、4歳くらいから、毎年誕生日前になると、「こんな仕事して、私は何をしてるんだろう……」と憂鬱になりました。もともと映画監督志望だったわけではありませんが、子どもの頃から音楽や美術や歴史にも興味がありました。大学で美術のコースを取ったこともありましたが、親の勧めもあって、大学では心理学を専攻しました。

コールセンターで働きながら、ギターやスペイン語を習ったり、脚本のワークショップに通ったりしました。映画のワークショップに通って撮影を学ぶうちに、音楽や映像、文学など自分の好きなものを表現することを考えた時に、映画はぴったりの手段だと思ったのです。

2004年頃から脚本を書くことに目覚め、この道を究めたいと思うようになりました。助成金の出るコンテストに作品を送ると、毎回選考に残っても最終的に受賞できませんでした。面接では作品のことよりも「なぜコールセンターで働いているの?」などと個人的な質問ばかりされたので、映画業界に入るためには経験を積む必要があると実感しました。

――映画の道へ進むことは大きな決断というよりは、だんだんとそちらに進んでいったということですか。

レデスマ:そうですね。今の状況にもう我慢できないと思ったのです。映画祭であと一歩のところで落選し続ける一方で、年齢は上がっていく。「チクタク」とタイムリミットが迫っている気がしました。「大きな決断をするしかない」「リスクを取らないことには変われない」と思ったからです。あと、映画祭で何度もお断りされるのに疲れたというのもあります。

コールセンターを辞めたのは29歳でした。やはり30歳という年齢は意識していました。

――この作品が長編映画第1作だそうですが、高く評価された理由は何だと思いますか。

レデスマ:成功したのには多くの要因がありますが、一番大きなことはサポートしてくれる人材をしっかり固めたことです。プロデューサーは初めて作品を作る新人監督を手掛けている人で信頼できると思いました。撮影クルーも才能の原石と経験者をバランスよくミックスしています。この作品は何年も構想してきたので、自分の情熱と適材適所の人材がうまくいったのだと思います。

私はワンマンタイプではなく、みんなからの意見をまとめて正しい決断をすることが私の仕事だと思っています。経験のある方を脇に固めたので、初めての作品でも自信を持って監督することができました。それと、主演のイェン・コンスタンティーノさんは歌手なので演技が初めてだったのですが、演技力の求められる役をうまく演じてくれて、それも幸運でした。

自分の人生に満足していないとき、フェイスブックを開きたくなかった

フィリピンの女性監督が語る29歳の決断

© 2013 Cinema One Originals

――映画の中にゲイやレズビアンが何人も出てきて、とても自然ですが、それはコールセンターという環境だからオープンなのでしょうか。フィリピン社会においてLGBTはどのように受け入れられているのでしょうか。

レデスマ:コールセンターはフレンドリーなコミュニティーなので、様々なセクシュアリティーに対してオープンな雰囲気があります。ただし、その中では公表していても外では秘密という人もいます。20代から30代前半で年齢の近い人が多いので友情を築きやすいこともあり、偏見なくお互いに接することができるのだと思います。

コールセンターがブームであることと関係あるかはわかりませんが、フィリピン社会もLGBTを受け入れる方向に変わってきています。かつて映画に出てくるLGBTはお笑いキャラばかりで、現実でも差別対象やタブーであったものが、ここ10年で大きく変わってきたと思います。ゲイをカミングアウトした司会者がテレビに出て人気を集め、彼らは自分の番組でLGBTについての啓蒙活動も行っています。ただ、レズビアンはまだ少ないですね。

――主人公たちがSNSやチャットをする場面が多用されていますが、フィリピンでSNSは一般的なものなのでしょうか。

レデスマ:フィリピンはソーシャルメディアユーザーの数が世界一だという調査もあるほどです。フィリピン人は社交的な国民性が特徴で、シャイや控えめといった要素はネガティブに捉えられ、オープンでフレンドリーといったことが美徳とされています。ですから、自分の話をしたり、他人とつながったりするソーシャルメディアは、フィリピン人の気質に合っていると思います。

私自身、フェイスブックを開きたくないと思うことがありました。自分は自分の人生に満足していないのに、友達は幸せそうに楽しそうにしているのを見たくない、という時期があったので、そういったところも映画に反映したいと思いました。ソーシャルメディアが楽しい反面、影響されて落ち込んでしまうこともあるということを表現したいと思いました。

――今後はどのような作品の構想がありますか。

レデスマ:幅広い映画を撮っていきたいです。ホラーやアクションなども、1ジャンルに1作品は撮りたいですね。ジャンルはいろいろ撮りたいですが、中心に変わらずあるのは自分のパーソナルな要素を盛り込みたいということ。次の脚本も個人的な価値観や考えを盛り込んだものにしたいと思っています。

――5年後には何をしていると思いますか。

レデスマ:映画を作っていると思います。

SHIFT〜恋よりも強いミカタ〜
10月25日(土)より、新宿シネマカリテにてレイトショーほか全国順次ロードショー

(編集部)

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