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2013/12/18

故ネルソン・マンデラが行なった3つの偉業

先日12月5日に逝去した南アフリカ共和国・元大統領のネルソン・マンデラ氏。

マンデラ氏は、人種差別政策「アパルトヘイト」の撤廃のために活躍した政治家として有名ですが、一方で、「女性の権利」を擁護したフェミニストでもありました。全ての人の人権が守られる平等な社会を目指した彼にとって、女性の権利の問題は無視して通れない課題だったのです。以下、氏の功績をまとめてみます。

1.「中絶の権利」を認める

マンデラ氏は女性の自己決定権の擁護者でした。彼は、女性が妊娠や中絶について、自分で決めることができるべきと信じていたのです。南アフリカは、それまで中絶に対して非常に厳しい態度をとっており、近親相姦やレイプ、また母体に危険が及ぶ場合などを除き、中絶を許していませんでした。しかしマンデラ政権下でこの法律が撤廃され、中絶手術を行うかどうかは、本人が自分の意思で決定することができるようになったほか、手術費用に対する補助制度もできました。

2.「妊娠による差別の禁止」を憲法に明記

マンデラ氏の指導の下で再出発した南アフリカの新憲法には平等の理想が謳われ、様々な差別の撤廃が宣言されています。人種差別はもちろんのこと、性別による差別、性的嗜好に基づく差別、結婚しているかどうかに基づく差別が禁止されました。さらには「妊娠」による差別も禁止されています。妊娠していることを理由に、就職やその他の場面で不利益な扱いをすることは許さないということです。妊娠による差別の禁止が明言されている憲法は世界的に見ても珍しいと言えます。

3. 女性議員の割合が2.7%→42.3%に増加

マンデラ氏が議長を務めた政党ANC(アフリカ民族会議)は、議員のうち3割を女性にするという「クオータ制」をガイドラインとして定めました。その結果、アパルトヘイト体制下でわずか2.7%に過ぎなかった女性議員の割合は、初の民主選挙後27%と飛躍的に増加。また、マンデラ政権においては、内閣の3分の1が女性メンバーでした。その後、女性の社会進出への取組みの成果もあり、2013年現在南アフリカの下院における女性の割合は42.3%に達しています。

マンデラ氏の遺志を継いで

これらの大幅な改善策の実施にも関わらず、現在も南アフリカの女性たちは貧困や頻発するレイプ、エイズなどの問題にさらされています。これは長く続いたアパルトヘイトの後遺症と言えるでしょう。

それでも、世界経済フォーラムが発表した「国際男女格差レポート 2013」において南アフリカの男女平等ランキングは世界で第17位となっています(ちなみに日本は第105位)。マンデラ氏の努力は確実に実を結び、また次の世代へと引き継がれているのです。

(文=市川ゆう)

画像:Original Update bySouth Africa The Good News